今回の調査建物は加西市青野原町にある 青野原俘虜収容所 です。
下の俯瞰図のように全体では現存しておらず、
一部分が切り取られて現存しているという状況です。
(旧)収容所の外観。
調査中、区長さんや近隣の方が見に来られてました。
「ちょっと前まで、こういう建物に暮らしとったんや」
調査した建物は現在、1棟は廃屋になっている建物、もう1棟は倉庫として利用されている建物です。
第一次世界大戦の捕虜が日本全国6箇所に収容されていたそうですが、うち収容所の建物が現存しているのはこの青野原だけだそうです。
青野原にはドイツやオーストリア、ハンガリーの捕虜477人が収容されていたそうです。
大正4年(1915)竣工という記録(当時の新聞記事・棟札)が残っているので築100年超えになります。
(参照:『加西市史 第5章』)
参考:加西市のHPへ
トラスが組まれた小屋組み(現在は廃屋)
当時建設された場所にそのまま建っているわけではなく、
一部残されて、移築され別用途として使われています。
誰かに教えてもらわないと、外観を見ただけで当時の建物かどうかなかなか判断できません。
うっかりすると見過ごしてしまいそうな…
こちらは現在、倉庫として利用されている建物。
こちらもトラスが組まれていますが、先ほどの1棟とは少し構成が異なりました。
小屋組みはキングポストトラス構造。
桁行方向7間×梁行方向4間のシンプルな平面構成。
1間(1,950㎜)ごとにトラスが組まれていますが、
梁行方向の両側1間には水平ブレース(木ですが)が渡っています。
水平構面を意識しているような印象を受けました。
折衷案でしょうか?
(旧)収容所建物は陸軍技手により設計されたようですが(『加西市史』より)、
当時の最先端技術を取り込んだのでしょうか。
当時の技術者たちと対話するような感覚に。
桁(母屋)方向の真束間のブレース(Xに交差する部材)の間に
調整材…?
当時の技術者たちの試行錯誤が読み取れます
普段、接する機会の無い用途の建物調査でしたが、
色々と想像しながら、好奇心をそそられる調査となりました。
築100年という重ねてきた時間はもちろんのこと、
様々な歴史を経てきた建物ということで
タイムスリップしたような感覚になりながらの調査となりました。
ちなみに…こちらは調査中に見つけた缶詰の蓋。
「MORINAGA CONFECTIONARY CO.,LTD」の文字が。
森永製菓!
何が入っていたんでしょう~?
今回縁あって、お手伝いさせて頂いた調査。
当時の技術者たちの思いを「伝える」一員になれることに感謝しつつ、
今後残っていくであろう調査図面をしっかり書きたいと思います。
・
仕立建築舎 平賀
コメントをお書きください