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兵庫県 青野原俘虜収容所|建物調査

『加西に捕虜がいた頃―青野原収容所と世界―』13頁より抜粋
『加西に捕虜がいた頃―青野原収容所と世界―』13頁より抜粋

 

兵庫県加西市で建物調査を行いました。

今回は住宅医による詳細調査とは異なり、建物の情報を残しておく目的での採寸調査。

現存している間に、図面資料を残すお手伝いをさせて頂きました。

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今回の調査建物は加西市青野原町にある 青野原俘虜収容所 です。

下の俯瞰図のように全体では現存しておらず、

一部分が切り取られて現存しているという状況です。

 

(旧)収容所の外観。

調査中、区長さんや近隣の方が見に来られてました。

「ちょっと前まで、こういう建物に暮らしとったんや」

  

 

 

調査した建物は現在、1棟は廃屋になっている建物、もう1棟は倉庫として利用されている建物です。

 

 

第一次世界大戦の捕虜が日本全国6箇所に収容されていたそうですが、うち収容所の建物が現存しているのはこの青野原だけだそうです。

青野原にはドイツやオーストリア、ハンガリーの捕虜477人が収容されていたそうです。

大正4年(1915)竣工という記録(当時の新聞記事・棟札)が残っているので築100年超えになります。

(参照:『加西市史 第5章』)

 

 

参考:加西市のHP

トラスが組まれた小屋組み(現在は廃屋)

 

 

当時の建物内部の様子

加西に捕虜がいた頃―青野原収容所と世界―』19頁より抜粋

↑上記クリックするとデジタル版が閲覧できます

 

 

 

当時建設された場所にそのまま建っているわけではなく、

一部残されて、移築され別用途として使われています。

 

誰かに教えてもらわないと、外観を見ただけで当時の建物かどうかなかなか判断できません。

うっかりすると見過ごしてしまいそうな…

 

 

 

こちらは現在、倉庫として利用されている建物。

 

こちらもトラスが組まれていますが、先ほどの1棟とは少し構成が異なりました。

小屋組みはキングポストトラス構造。

桁行方向7間×梁行方向4間のシンプルな平面構成。

 

1間(1,950㎜)ごとにトラスが組まれていますが、

梁行方向の両側1間には水平ブレース(木ですが)が渡っています。

水平構面を意識しているような印象を受けました。

折衷案でしょうか?

 

(旧)収容所建物は陸軍技手により設計されたようですが(『加西市史』より)、

当時の最先端技術を取り込んだのでしょうか。

当時の技術者たちと対話するような感覚に。

 

 

桁(母屋)方向の真束間のブレース(Xに交差する部材)の間に

調整材…?

当時の技術者たちの試行錯誤が読み取れます

 

 

 

普段、接する機会の無い用途の建物調査でしたが、

色々と想像しながら、好奇心をそそられる調査となりました。

 

築100年という重ねてきた時間はもちろんのこと、

様々な歴史を経てきた建物ということで

タイムスリップしたような感覚になりながらの調査となりました。

 

  

ちなみに…こちらは調査中に見つけた缶詰の蓋。 

「MORINAGA CONFECTIONARY CO.,LTD」の文字が。

森永製菓!

何が入っていたんでしょう~?

 

 

今回縁あって、お手伝いさせて頂いた調査。

当時の技術者たちの思いを「伝える」一員になれることに感謝しつつ、

今後残っていくであろう調査図面をしっかり書きたいと思います。

 

 

 

仕立建築舎 平賀